大河ドラマ真田丸に見た!組織のトップと2番手の関係

組織のコミュニケーションを改善する3つの視点」) 多くの組織でそういったケースが見受けられるということで書きましたが、書いている最中に私が毎週楽しみにしている大河ドラマ「真田丸」にその良い例が見て取れると気がついたので、その点について書いてみたいと思います。 具体的なイメージが付くほうが、よりイメージしてもらえると思います。

大河ドラマ真田丸に見た!組織のトップと2番手の関係

 

1.真田丸の全体像

大河ドラマ真田丸、及びその時代背景に関しては様々なサイトで表現されていますので、ここで詳しく書くことは控えたいと思いますが、真田丸をご覧になられていない方に取ってはわかりにくいと思いますので、少しだけ説明したいと思います。 真田丸とは、戦国時代〜江戸時代初期を通じて、活躍した真田昌幸を当主とする真田家一族を船に例えた表現で、変化の激しい戦国時代を生き抜いたその人間ドラマを描いています。
真田丸とは 戦国の荒波に揉まれ続けた小さな家族船「真田丸」での長い長い航海の道程(NHKウェブサイトより)
真田昌幸は有名な武田信玄に仕えた武将で、その死後織田・豊臣・徳川という3人の天下人の間をプライドを必死に保ちながら、生き抜きます。その息子長男信幸と次男幸村(わかりにくいので、こう統一して書きます)は偉大かつ奇想の主である父昌幸に学びながらときには翻弄され、そして支えながら、次世代の武将として成長します。 ドラマは原則は史実に忠実でありながら、家族ドラマの要素や、現実的な政治の駆け引きなどを取り入れながら進んでいきます。現在は最後の盛り上がりに向けた最終局面で、徳川に意図的な言いがかりをつけられ、豊臣家と徳川家の最後の戦乱に、主人公真田源次郎あらため、真田幸村が巻き込まれていく正にその時を描いています。 ドラマは三谷幸喜のテンポの良いストーリーと、人間心理をそこはかとなく描いた演出でグイグイと引き込まれていきます。特に戦国時代というともすれば塊や武将一個人の機微のみで描かれがちなテーマを、そこに息づく家族や一族、組織という観点で表現した点は、これまでのドラマとは少し違った、現実的な物語として言葉にできないメッセージを訴えかけて来ます。 見ていない方はぜひ、オンデマンドで御覧ください。見ている方は残り数回を存分に楽しみましょうということで、個人的な思いを書き連ねましたが、この中には現代の企業経営、そしてトップと2番手の関係を象徴する幾つかの主従が登場しますのでこれをご紹介したいと思います。

2.真田丸 昌幸と信幸(長男)、幸村(次男)

本作の主人公(というよりも主人一族?)である真田家は、偉大な武将の父真田昌幸と長男信幸と次男幸村という軸で物語が進みます。原則この一族視点が中心で、それ以外は簡略化されており、その分家族間の心の機微は通常のドラマ以上に丁寧に描かれています。 この父昌幸と言うのは、いわゆるトップというものに必要な要素を全て兼ね備えています。明晰な頭脳、豊富な経験、尽きない野心、傲慢さ、可愛げ、執着心。。。その為、多くの人材が惹きつけられ、はねのけられ、徳川家康でさえも翻弄される特殊な人物として描かれます。 そして皮肉なことに、この父に一番翻弄されるのが、本来2番手であるべき、長男信幸です。信幸は聡明ながらも非常に真面目な人物であります。そして、ある意味退屈な人物として描かれます。父の才能を継いだと思われる次男幸村とは対照的で、父に翻弄されながらもなんとか信じようとして、食らいついていき成長し、最後には当主として父にも抗い一族の命運を決めた優秀な人物として描かれます。 真田信幸〜迷いなく家に尽くす男〜(NHK) この2番手である信幸は結局父と間で理解し理解されるという関係を築くことはありませんでした。それは父の遺言ともいうべき戦略書を「意味がわからん」とドラマの中であえて表現させたことからも明白です。 このケースは、トップと2番手との関係が悪化しつつも、崩壊する前に物語としての結末を得た(昌幸の死)と理解できると思います。つまり前回のエントリで書いた、コミュニケーションが取れていないトップと2番手(前回参照「組織のコミュニケーションを改善する3つの視点」)との関係があったと考えられます。 家族であり、息子である信幸は戦略家としての父昌幸を、理解できないながらも尊敬し、信じようとしていたからこそ、そして離反イコール自分の命を賭けるという戦国時代ならではの、非常に危ういバランスの上に成立していた関係と考えることもできます。 一方で次男幸村は、父の存命中は父のことを一番理解している、最も父に近い存在として描かれます。父に似ていると父も兄もそして自分自身も信じていた幸村が父がこの世を去った後に認めるのは、「自分は大群を率いたことも無い」という自信の根拠のなさであり、幼馴染で最も古くから、幸村を知っている侍女のきりからは「アナタがいてもいなくてもこれまであまり関係なかった」「アナタの存在している意味はなかった」と看破されます。 物語はこれから、だからこそ自分の存在した意味をこの世に残すと、幸村が立ち上がって行くのですが、ココまでの流れで分かる通り、この幸村も実は父とのコミュニケーションは取れていなかったと描かれます。 実は幸村自信も父の遺言である戦略書を読み解くことができないと言い切るのです。そして自分の子供に対しても「父としてのどう振る舞って良いのかわからない」と言い切っているのです。 昌幸と信幸、幸村の二人の子どもたちの関係を、トップと2番手と置き換えるならば、充分な関係とは言い難いと思われます。それが原因で、組織の破綻は訪れませんが、その種火をはらんでいたと言えるかもしれません。

3.上杉丸 上杉景勝と直江兼続

次のトップと2番手は、上杉景勝と直江兼続です。大名と家老(2番手)という立ち位置です。この上杉景勝、有名は上杉謙信の子(養子)として、一族を率います。後継者競争を勝ち残った人物ですが、そういった競争心のようなものは描かれず、義に熱かった先代上杉謙信の影を理念を継ぎながらも、その能力に欠け、軽々しくできない約束をしてしまう人物として描かれます。 結果的に、一族は徳川に背いたということで、領地を奪われる事になります。それまでの間にも、主人公真田幸村とのやり取りで軽々しく約束をし、お目付け役で2番手である直江兼続に注意されるシーンが数多く出てきます。 私は多くの小説などでこの直江兼続を才覚のある人物として表現されるものの、上杉景勝のキャラクターは、ブレているように感じていました。が今回この景勝は非常に現実的でありえそうに思いました。イメージしやすいといっても良いかもしれません。 ちょっとオッチョコチョイなトップとそれに注意をして、現実的な指摘や方針を進める2番手。危なっかしくもあるけれども、非常に微笑ましくもありました。そしてそのオッチョコチョイな景勝に対しても、直江兼続は嫌な顔はしつつも、決して裏切らない。その意向は理解しつつも、一族とその繁栄のため、幸村や主人である景勝にさえ嫌な顔をされるような進言を続けます。そのような直江兼続に対して、上杉景勝は全幅の信頼と尊敬を持って対応します。 これが正にあるべきトップと2番手の関係だと言えるのではないでしょうか。トップはある意味、愚かであっても独善的であるべきです。2番手以下では決して持ち得ない、決定権を持っているからこそ、その権利を揺るがすべきではありません。ただし、その判断が間違っていた場合には引き返すことも必要であり、そのために決断にはあらゆる可能性を検討すべきです。だからこそ、2番手には厳しい言葉をかける義務があり、また、トップにはそういった2番手の心情を理解する義務もあります。多くは描かれていませんが、この関係が二人の間には存在したように思います。その意味で、二人の関係は関係だけを見れば、組織を率いていく幹部としては理想だったといえます。

4.徳川丸 徳川家康と本多正信

徳川家は言わずと知れた戦国の覇者であり、江戸幕府を開いた一族です。今回のドラマでは、徳川家康は気弱とも言える発言をしつつも、独善的であり、したたかでもあります。ドラマの終盤では、表情が見えなくなり、その権限と徳川家の繁栄のために、豊臣家を滅亡に導く役割を演じます。 終盤では影が薄くなりますが、ここに至るまでの、2番手である本多正信と徳川家康のやりとりは非常に興味深いものでした。本多正信は徳川家康の参謀として、特に策略面で大きな意味をなします。 家康が迷ったとき、そもそもアイデアが無いときには、本多正信を頼り、その意見のほぼすべてを採用します。ドラマでは年長者であり、家康のお目付け役のような立ち位置におり、的確な指示(!)を家康に下していきます。時には、家康の行動を促すために、家康自身気が付かないような遠回りな方法で、家康に改善を促します。 ここまで過度な能力の差を見せつけられると、権力者はこの2番手を疎ましく感じるものですが、年の差、実践での不手際(家康の先鋒として真田一族に本多は翻弄されます)そして何より家康の成長を見せることで、相対的に本多正信は家臣として収まる所に収まっています。 上杉景勝と直江兼続とは違う形で、トップにものを言える2番手として本多正信は存在し、家康も一定の敬意を払っているように見えます。(とはいえ、正信の意見を受け付けない場面も表現され、ここで家康もトップとしての才能・傲慢さを見せつけます) この意味で、徳川家康と本多正信も適切な関係を築き上げた幹部陣といえるかもしれません。余談ですが、ドラマ中で、徳川家康・本多正信ともに後継者にその地位と、役割を引き継いでいることが表現されます。この後継者への承継が実現されたことが、徳川幕府を成立させたといえるかもしれません。

5.豊臣丸 豊臣秀吉そして秀頼…

最後に豊臣家です。豊臣秀吉は言わずと知れた戦国三傑の一人で、織田信長の天下統一の想いを引き継いで、実質的に天下統一を成し遂げた天下人です。最下層の農民から天下人に上り詰めた才覚と、優秀な人材を引きつける魅力を兼ね備えた人物として描かれます。 この豊臣秀吉には(今回のドラマでは描かれませんが)魅力的な2番手が現れては消えるということが続きます。竹中半兵衛・豊臣秀長(弟)・黒田官兵衛などなど。その晩年には子飼いの石田三成が妄信とも言えるほどの献身を見せます。それは痛々しいほどのものですが、豊臣家を想う気持ちは、自身の合理的かつ無駄を嫌う性格から、傲慢さと冷たい人格と周囲から見られてしまいます。 傲慢さは、トップには必要な要素ですが、トップが存在している状況で、2番手が発揮すると必要以上の妬みを産みます。豊臣秀吉の死後、結果的にこの妬みが石田三成自身を滅亡に追い込み、それ自体が豊臣家の弱体化を招きます。 そして豊臣秀吉が死に際して誰かれ構わずその成長を託した、愛児豊臣秀頼は父秀吉の最盛期を凌駕する程の凛々しい美男子に成長しますが、その時には徳川家康の策謀もあり、頼れる2番手は周りには存在しない状態にあります。 豊臣秀吉に関しては、晩年までは優秀な2番手がその時期に応じて存在していました。それぞれがトップを尊敬しながらも、キチンと意見を言える人物でした。特に実弟である豊臣秀長は実力・権力・人望・トップとの関係性という意味でも完璧な2番手であったと思います。しかしながら、これらの人物は多くが早世します。そして、子飼いの人物として2番手に成長した石田三成は、少なくとも人望・トップの関係性という意味では、課題が多かったのかもしれません(もちろん、ドラマなどの情報を前提としていますので、怒らないでくださいね) 秀頼に至っては、人物と言えそうな人がほぼいない状態の中で、キラキラと魅力を放つ姿が悲しく映るほどです。 豊臣家に関しては、トップと2番手の関係が良好でない組織の末路を映し出しているようで痛ましくもあります。

まとめ

このように、一言でトップと2番手の関係といっても様々なバリエーションがあり、また、関係が良好であったとしても、必ずしも成功しないという点が中々難しいところです。しかしながら、豊臣秀吉・徳川家康の例もある通り、成功する組織においては、やはりトップとそれを支える2番手の関係は、必須の条件になると言えるのではないでしょうか。 ドラマとは言え、人間の心の機微や関係性を映し出しているものは何かしらの参考になりますね。このような良質なドラマがもっと増えると良いなと思ったわけであります。 ]]>

この記事を書いた人

山本 浩平